柳絮の才



柳絮の才 〜高校空手における邂逅相遇〜

 今回は1人の高校生(匿名希望Aさん)の声をお届けしたい。その前に
Aさんと筆者が知り合って、この文章が出来上がるまでの経緯を紹介して
おこう。Aさんと親しくなって約1年ほどなのだが、実はAさんが空手道
部に入部した頃から何度か大会会場で会っていたらしく、過去の写真を眺
めて見ると2014年の河北杯では一緒にSendai光のページェントを見に
行っていたのだった。本当に恥ずかしい限である。先ず以て、この場を借
りてAさんにお詫びしたい。本当にごめんなさい。

 さて、ここからは筆者の目線で書かせて頂く。Aさんの顔と名前を認識
したのは2016年5月の地区大会予選。まだAさんと面識のない筆者は、
試合会場の入口付近でポロシャツ姿のAさんと目が合った。今までの経験
では、こういう場合はだいたいギロッ睨まれて素通りされるのが通例だが、
Aさんは近づいて来て笑顔で挨拶をしてくれたのだ。本当に驚くと同時に
非常に嬉しかった。よく見ると、上品で明らかに空手経験者ではないと一
瞬にして感じ取ることが出来た。少し話をしてみると、おっとりした性格
で空手に似つかわしくない雰囲気が満点であった。

 いろいろと話を聞いていると中学まで吹奏楽をやっていたらしく、空手
は高校に進学してから始めたそうだ。Aさんのような子が数ある部活動の
中から、なぜ空手道を選んだのか不思議でならなかった。とても興味深か
ったので理由を聞いてみると先輩たちの姿がかっこよく、凛々しい姿に憧
れたとのことだった。しかし、中学まで吹奏楽をやっていた子で容姿から
推察するにご両親は反対したのではないかと思い、尋ねてみた。やはり最
初は両親に反対されたそうだ。Aさんの父親は元ハンドボール選手でバリ
バリの体育会系で、運動部の厳しさを良く知っていただけにAさんが3年
間続けられそうもないと思い反対したのだそう。

 しかし、見た目は弱々しそうなAさんだが芯はしっかりしていて自分で
決めたことは頑として曲げず、ご両親も本人が決めた事ならとAさんの部
活動を応援してくれるようになった。Aさんは今年卒業を迎える訳だが、
約2年半の厳しい練習に耐えて無事に空手道部を引退した。その間に数回
の大会出場も果たし、全空連の公認段位にも合格をした。Aさんの頑張り
も凄かったし、Aさんを支えてくれた空手道部の仲間も最高だったし、素
晴らしい3年間だったのではないかと思う。また目標にしていた獣医学部
への進学も決まったようで本当に良かった。

 前置きが長くなってしまいましたが、以下にAさんが見て来た空手の世
界をご紹介させて頂きます。




           〜空手世界のかたち〜

 ざわついた体育館で空手道部の部活動紹介が始まった。演武が始まった瞬間、
それまで騒がしかった周りがしんと静まり、皆がその演武に注目した。形の音
だけが響いてその間、私は体育館が空手一色に染まったように感じた。それか
ら私は、家族の反対を押し切って空手という世界に入った。

 入部して二年が経ったが、空手には他の部活動やスポーツとは違うところが
あると私は考えている。子どもの頃から空手をやっていれば当たり前に思うこ
とも、高校から空手を始めた私にとって空手は今なお不思議に思うことだらけ
だ。

 例えば大会に行くと、観客席には選手の親や兄弟ばかりで、他は空手関係者
しかいない。審判や選手の多くが顔見知りで、入部して間もない頃は疎外感す
ら感じていた。それは、空手の中でのコミュニティが親密であるからだろう。
しかしそれが故に、空手をしていない一般の人達との隔たりがあり、空手は中
の世界だけで完結しているようにも見える。現に大多数の空手道部が他の部活
動をしている生徒を大会の応援に呼ばない。親子や兄弟、道場などでの縦のつ
ながりが強いため、伝統やしきたりは受け継がれる一方で、横への広がりが少
ないのだ。

 空手の信念として「礼に始まり、礼に終わる。」という言葉がある。礼儀は
日本人が受け継ぎ、大切にすべきことだと私も思う。それは試合の中でも行わ
れる武道の姿だ。では、試合の外ではどうだろう。選手は試合の前後で、審判
と相手選手に敬意を払い礼をする。しかし、相手の試合が始まれば応援側の審
判に対する批判やアピールは終始止まない。開場した途端、我先にと場所取り
に走っていく光景は一種異様だ。さらに取った場所の良さとチームの強さが比
例していることが暗黙の了解として存在する。審判への敬意はどこへ行ったの
だろう。礼儀と平等の前にそれらは必要だろうか。空手は素晴らしい競技だが、
改善すべき点もそのまま受け継がれてしまうところが悲しい。

 空手は全員がライバルになり得る個人競技だ。私が一番力を発揮できるのは
仲間が背中を叩いて送り出してくれるとき、自分に向かって叫ばれる応援の声
だ。空手道部は、柔道と空手の違いさえ知らず、運動神経も無かった私に入部
を決意させた。空手がこんなにも魅力的な競技なんだということを、もっと一
般の人達にも知ってもらいたい。そしてそれを変えられるのは中の世界にいる
私達だけだ。

  
Aさんが書いてくれた原稿用紙(原本)





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