admin2 さんの日記
2025
5月
30
(金)
16:00
本文
雨模様になってしまったので計画していた
登山を延期した。なかなか思いどおりには行
かないものだが、これがまた面白いというか、
自然の摂理を実感できるので有難い。
すっかり春の陽気となり、少し前なら雨予
報でも山では雪になるので登山がしやすかっ
たのだが、いよいよ雪から雨に変わると非常
に厄介で面倒になる。個人的には低体温症の
リスクも高まる感じがしている。なので計画
と準備に加えて天候が重要になってくる。
先日、低山巡りをしたのだが既に蜘蛛の巣
があり、これからは夏山対策が必要で防虫や
水分確保などが課題になってくる。今年は、
いくつか縦走したいと思っていて、この計画
をするのが楽しい。冬山に比べると夏は荷物
が軽くなるので長距離の移動が楽になる。と
にかく雨を上手に避けることができればツェ
ルトを活用して1週間程度の縦走もできる。
余談になるが1週間以上の旅程を組もうと
思うと当然ながら大会がない期間を選ぶ必要
があるのだが、基本的には毎週のように大会
があるので計画をするなかで大会を断るとい
う行動も必要になる場合もあると思う。
入念な計画を立てて、考えすぎだと思える
くらいに最悪の事態を避けるシミュレーショ
ンをする。その上で必要なものを準備する。
金銭的なもので解決できるものは有難いのだ
が、知識や技術や体力などは準備に時間もか
かるし、実行の時期まで維持をしたりしてメ
ンテンナンスが面倒なこともある。ここまで
しっかりと整えられれば、あとは実行するの
みである。
実行は比較的に簡単で単純にやればいいだ
け。個人的には消化試合みたいなものだ。た
だ、どれだけ綿密に計画をして準備をしても
必ず思いどおりには行かない場合があるのは
経験済みだ。不思議とこの思いどおりに行か
ないのが自分を試されている感じがして、ピ
ンチになると案外ワクワクしてしまう。最終
的には何とかなるし、何とかならなければ、
潔く諦めるだけだ。まあ、自己責任というか
計画と準備が甘かった因果応報だ。
一応、これまで運が良くて、いかなる失敗
をしても何とかなった。もしかしたら相応に
準備をしたからかも知れないが、それにして
もラッキーだったと思えることは本当に多い。
もうダメかなと思ったときに変な集中力と
予期せぬひらめきがあって問題解決とはいか
ないものの危機を脱出して、あとから何とか
リカバリできる位置にたどり着くことができ
ていると思う。これは本当に不可思議か那由
他(笑)
私を私という生命体として誕生させてくれ
た母親と旅行に行ってきた。お互いに残り時
間は相応に短くなってきた。どちらが先に向
こうに行くのか明確ではないが一般的な順番
でいうと私の方が少し後になるのかな。
お互いに歩けるうちに親孝行をと思って、
かれこれ数年、年に1回程度だが一緒に旅に
いくようにしている。あとはお礼の手紙も間
に合わせてある。もちろん、有難い時間が長
くなればバージョンアップしたいとも思って
いる。あまり認めたくない現実だが、彼女は
最近、ずいぶんと小さくなってしまったよう
に思う。あとで後悔する前にできることをや
っておこうと思う。
いろいろと計画をして準備をして実行して
時には中断することもあるけど、一歩進んだ
その先から見えた景色から学びを得て、反省
をして、また計画して準備して実行してとい
う感じだ。ただ、人生の最期においては反省
してから再び計画することは出来ないので登
山や旅行よりも綿密な計画が必要なのかなと
思う。
もちろん、計画通りには行かないのは承知
の上であるし、思いどおりにならないのも経
験済みだ。その中でも今できることはやって
おきたい。
確か、御岳山の噴火警戒レベルが1に下が
ったと思う。これもチャンスというかご縁で
あり、もしかすると今夏当たりは歩けるよう
になるかも知れないので、ぼちぼち計画と準
備をしておこうと思う。自分の都合だけで実
行できるものでもないので、特に自然を相手
にする場合は、自然の摂理に合わせて行動す
る必要があり、我が儘は大けがのもととなる。
噴火だけでなく、雪崩や崩落で歩けなくな
る山も増えてきているので、いま歩ける間に
歩けるところは歩いておきたい。優先順位の
判断も大切になってくるのかな。
書きながら思い出したのだが、タイトルに
「思う」が抜けていたように思う。基本的に
は最初に「思う」がくる。この思いというの
は非常に難儀で厄介で難解である。恐らく、
人間だけに与えられた機能だと思うのだが、
この世に誕生したばかりのときには、この機
能は働いておらず、人間というよりも動物に
近い。少しずつ成長とともに「思い」を思え
るようになった。
思うとか感じるとか心みたいなものだが、
これは一応、目には見えない。なので理屈は
抜きにして目には見えないものを大切にした
い私としては、これを大切にすべきと思う。
更に余談になるのだが、この思うという感
覚は実は正しくない可能性があって、養老先
生が脳が反応して「思う」という認識をする
前に身体が先に実行(行動)しているという
解剖学からの知見をお話していたことがあっ
たように思う。言葉で伝えるのは難しく、私
の記憶や認識が間違っている可能性もあるの
で正しい情報ではないかも知れないけれど、
とにかく私自身は私の都合の良いように物事
を判断しているのは事実。
で、この「思い」だが、これにも複数の段
階があったりする。阿頼耶識みたいな感じと
言えば伝わるかな?深層心にまで「思い」を
磨き上げると三業一致が具現化できるように
思う。ただ、これは簡単ではなくて、繰り返
し、繰り返し、念じて念じて祈って祈って、
願って願って、それに行動や体現を交えて、
本当にコツコツと仕上げる感じ。気を抜くと
邪念が邪魔して、上辺の思いは作り上げられ
ても阿頼耶識での「思い」を作るのは容易で
はない。
まぁ、端的にいうと「本当に?」とか「心
底?」とか自問自答して、純粋なこころの声
を聞くチカラみたいな感じかな。もちろん、
重要な大前提は「善」であるかなのだが、こ
れもある程度まで行くと邪念でしかないので、
最終的には言葉でもなく、こころでも前後左
右善悪のない中庸であるべきと思う。まぁ、
ここでも思うという文字を使っているように
書けば書くほどに思いは邪念で満ちてしまう
ので最終的には不立文字になってしまう。
で、改めて書き直すと、思う→計画→準備
→実行(中断)→反省という輪廻か。
たぶん、これらの文字列と思いを全て手放
すことができれば輪廻も終わるのではないか。
この流れで言うと、反省をなくすことができ
れば思い残すことはないであろうから完了と
いうか無というか空というか、そこに辿り着
いてしまうのかなと思う。
少し頭の中が過熱してきてショートしそう
なのでクールダウンをする。最下部にグラフ
画像を貼っておく。なにかを伝えたい訳でも
なく単純にこの事実(現実)を素直にありの
ままに受け入れてもらって、そこから何かを
思うのであれば、計画と準備と実行と反省を
してみては如何かな?と思ったりした。もち
ろん、一切可も不可もない話である。何かし
ら、気付きの一助になれば幸いである。
https://www.zen-koutairen.com/f_regist.html
上記に情報ソースがある。これをもとに適
当にグラフにしてみたのだが、構成比率とか
増減だとか数字をいじってみると様々な傾向
をみることができる。とりあえず、良い悪い
などの主観や感情は置いておいて、事実をあ
りのまま眺めてみて欲しい。ちなみに数字は、
都合よく区切ったり、抜き取ることができる
ので一つの指標だけで判断するのは好ましく
ない。興味があるなら自分でしっかりと調べ
るのが肝要と思う。
うまく伝えられるかわからないのだが、私
が空手と関わって感じる違和感について綴っ
てみたいのだが、明確な答えが見えている訳
でもなく違和感は主観であり、間違っている
可能性も高く、可も不可もない話で恐縮なの
だが、下記のグラフを活用して例え話を使っ
て説明してみようと思う。良いとか悪いとか
の話でもないので、適当に聞き流して貰えた
らと思う。
例えば試合で勝ちたいと思っている人が弓
道で7000人いたとする。あくまでも仮定の話。
で空手でも7000人いたとする。この場合は、
弓道では勝ちたいと思っている人は少数派と
なり、空手では勝ちたいと思っている人は多
数派となる。まぁ、仮定の話であり、どうで
もいいのだが、これを仮に令和6年のデータ
に当てはめて考えてみると弓道だと6402
5人中7000人の意見となる。空手だと7
630人中7000人の意見となる。まぁ、
どうでもいい話。しかしながら、空手の少数
派630人の声はあまりにも小さすぎて、届
くことはない。そして居場所を失った少数派
が他の居場所を求めて去っていたとしたら・
・・。
う〜ん、頭が悪いので例え話がわるいのか、
たぶん私の感じる違和感をうまく伝えられな
かった気もするが、これくらいの方が角も立
たなくて良かったように思う。ちなみに郷に
入っては郷に従えという賢者の教えもあるの
で、別に違和感を拭おうなどとも毛頭考えて
はいない。まぁ、総意の結果ですから従うま
でという感じです。
そうそう、書いていて思い出したのですが、
選挙ありますよね。できれば一人でも多くの
人に今度の選挙に行って欲しいのです。何も
変わらないとは思うのですが、それでも良い
ので今まで選挙に行ったことがない人に選挙
に行ってみて欲しいのです。どこの政党に入
れても構わないですし、好きな人・応援した
い人に投票してくれればいいです。とにかく
期日前投票で構わないので、あなたの声を届
けるというか意思表示して欲しいのです。
特に私と交流のある大学生など、面倒くさ
いし、やるだけ無駄だと思う気持ちもわかる
のですが、次回だけでいいので経験として1
回くらい投票してみて欲しいのです。誰でも
いいし、白紙でもいいので行動(実行)して
みて欲しいです。私からのお願いです。
とりあえず今回はこんなところです。
P.S.
私の代わりに空手の大会取材等をしてくださ
る人を探しています。できる限りのサポート
をさせていただきます。私も素人ですが、素
人なりに必要に応じてカメラやパソコン等の
操作方法等もお教えします。興味のある方は
nobe@wkf.jpまでお願いします。
【追記】
読み返していたら当初綴ろうと思っていた
ことを思い出してしまったので書いておく。
実は過去を振り返って、私が知り合いとの会
話で良く言われたことのあるワードがある。
それが「考えすぎだよ」という言葉である。
何度いわれたか数えきれないほどである。
で、今になって思うのは、考えすぎの人生
で良かったなという点だ。その殆どは確かに
無駄に考えすぎたのかも知れないけれど、こ
れを繰り返していなければ今の私はない。
頭の上に隕石が落っこちて来たら・・・。
みないなことを延々と考えていた。実際に起
こる可能性は99.9999%ないことが起きたら
自分はどうしようかなどなど。
反対の反対の、その反対の反対、そのまた
反対の裏側。そして無駄に考えすぎているこ
とがたまたま複数重なった場合、どうなるの
かなどなど。暇さえあれば、なんで?なんで?
どうして?どうして?本当に?本当に?の連
続で、それすらも疑ってかかり、それが嘘だ
ったら?それが逆だったら?反対側の立場か
ら考えたらホントに正しく見える?などなど。
この習慣のお陰で登山でまさかの出来事や
考えすぎでなければ解決できなかったトラブ
ルは数えきれない。それでも考えが至らなか
ったなと反省するくらいである。それでも、
あらゆることを可能な限り想定して準備して
訓練して実行するように心がけている。
一応、似たような感じで空手とも関わって
いるつもり。
もはや、過去に私に考えすぎと言い放った
人との交流は一切ないのだが、その方々は元
気にしているだろうか。会うことはないかと
思うけれど感謝を伝えておこうと思う。その
切はありがとうございました。私は天邪鬼な
ので、アドバイスを受け入れることはありま
せんでしたが、何とか無事に生きています。
もちろん、このアドバイスをいただいたから
こそ、ここにたどり着けた自負もあるので、
感謝の気持ちでいっぱいです。
▼木曽駒・宝剣岳
登山を延期した。なかなか思いどおりには行
かないものだが、これがまた面白いというか、
自然の摂理を実感できるので有難い。
すっかり春の陽気となり、少し前なら雨予
報でも山では雪になるので登山がしやすかっ
たのだが、いよいよ雪から雨に変わると非常
に厄介で面倒になる。個人的には低体温症の
リスクも高まる感じがしている。なので計画
と準備に加えて天候が重要になってくる。
先日、低山巡りをしたのだが既に蜘蛛の巣
があり、これからは夏山対策が必要で防虫や
水分確保などが課題になってくる。今年は、
いくつか縦走したいと思っていて、この計画
をするのが楽しい。冬山に比べると夏は荷物
が軽くなるので長距離の移動が楽になる。と
にかく雨を上手に避けることができればツェ
ルトを活用して1週間程度の縦走もできる。
余談になるが1週間以上の旅程を組もうと
思うと当然ながら大会がない期間を選ぶ必要
があるのだが、基本的には毎週のように大会
があるので計画をするなかで大会を断るとい
う行動も必要になる場合もあると思う。
入念な計画を立てて、考えすぎだと思える
くらいに最悪の事態を避けるシミュレーショ
ンをする。その上で必要なものを準備する。
金銭的なもので解決できるものは有難いのだ
が、知識や技術や体力などは準備に時間もか
かるし、実行の時期まで維持をしたりしてメ
ンテンナンスが面倒なこともある。ここまで
しっかりと整えられれば、あとは実行するの
みである。
実行は比較的に簡単で単純にやればいいだ
け。個人的には消化試合みたいなものだ。た
だ、どれだけ綿密に計画をして準備をしても
必ず思いどおりには行かない場合があるのは
経験済みだ。不思議とこの思いどおりに行か
ないのが自分を試されている感じがして、ピ
ンチになると案外ワクワクしてしまう。最終
的には何とかなるし、何とかならなければ、
潔く諦めるだけだ。まあ、自己責任というか
計画と準備が甘かった因果応報だ。
一応、これまで運が良くて、いかなる失敗
をしても何とかなった。もしかしたら相応に
準備をしたからかも知れないが、それにして
もラッキーだったと思えることは本当に多い。
もうダメかなと思ったときに変な集中力と
予期せぬひらめきがあって問題解決とはいか
ないものの危機を脱出して、あとから何とか
リカバリできる位置にたどり着くことができ
ていると思う。これは本当に不可思議か那由
他(笑)
私を私という生命体として誕生させてくれ
た母親と旅行に行ってきた。お互いに残り時
間は相応に短くなってきた。どちらが先に向
こうに行くのか明確ではないが一般的な順番
でいうと私の方が少し後になるのかな。
お互いに歩けるうちに親孝行をと思って、
かれこれ数年、年に1回程度だが一緒に旅に
いくようにしている。あとはお礼の手紙も間
に合わせてある。もちろん、有難い時間が長
くなればバージョンアップしたいとも思って
いる。あまり認めたくない現実だが、彼女は
最近、ずいぶんと小さくなってしまったよう
に思う。あとで後悔する前にできることをや
っておこうと思う。
いろいろと計画をして準備をして実行して
時には中断することもあるけど、一歩進んだ
その先から見えた景色から学びを得て、反省
をして、また計画して準備して実行してとい
う感じだ。ただ、人生の最期においては反省
してから再び計画することは出来ないので登
山や旅行よりも綿密な計画が必要なのかなと
思う。
もちろん、計画通りには行かないのは承知
の上であるし、思いどおりにならないのも経
験済みだ。その中でも今できることはやって
おきたい。
確か、御岳山の噴火警戒レベルが1に下が
ったと思う。これもチャンスというかご縁で
あり、もしかすると今夏当たりは歩けるよう
になるかも知れないので、ぼちぼち計画と準
備をしておこうと思う。自分の都合だけで実
行できるものでもないので、特に自然を相手
にする場合は、自然の摂理に合わせて行動す
る必要があり、我が儘は大けがのもととなる。
噴火だけでなく、雪崩や崩落で歩けなくな
る山も増えてきているので、いま歩ける間に
歩けるところは歩いておきたい。優先順位の
判断も大切になってくるのかな。
書きながら思い出したのだが、タイトルに
「思う」が抜けていたように思う。基本的に
は最初に「思う」がくる。この思いというの
は非常に難儀で厄介で難解である。恐らく、
人間だけに与えられた機能だと思うのだが、
この世に誕生したばかりのときには、この機
能は働いておらず、人間というよりも動物に
近い。少しずつ成長とともに「思い」を思え
るようになった。
思うとか感じるとか心みたいなものだが、
これは一応、目には見えない。なので理屈は
抜きにして目には見えないものを大切にした
い私としては、これを大切にすべきと思う。
更に余談になるのだが、この思うという感
覚は実は正しくない可能性があって、養老先
生が脳が反応して「思う」という認識をする
前に身体が先に実行(行動)しているという
解剖学からの知見をお話していたことがあっ
たように思う。言葉で伝えるのは難しく、私
の記憶や認識が間違っている可能性もあるの
で正しい情報ではないかも知れないけれど、
とにかく私自身は私の都合の良いように物事
を判断しているのは事実。
で、この「思い」だが、これにも複数の段
階があったりする。阿頼耶識みたいな感じと
言えば伝わるかな?深層心にまで「思い」を
磨き上げると三業一致が具現化できるように
思う。ただ、これは簡単ではなくて、繰り返
し、繰り返し、念じて念じて祈って祈って、
願って願って、それに行動や体現を交えて、
本当にコツコツと仕上げる感じ。気を抜くと
邪念が邪魔して、上辺の思いは作り上げられ
ても阿頼耶識での「思い」を作るのは容易で
はない。
まぁ、端的にいうと「本当に?」とか「心
底?」とか自問自答して、純粋なこころの声
を聞くチカラみたいな感じかな。もちろん、
重要な大前提は「善」であるかなのだが、こ
れもある程度まで行くと邪念でしかないので、
最終的には言葉でもなく、こころでも前後左
右善悪のない中庸であるべきと思う。まぁ、
ここでも思うという文字を使っているように
書けば書くほどに思いは邪念で満ちてしまう
ので最終的には不立文字になってしまう。
で、改めて書き直すと、思う→計画→準備
→実行(中断)→反省という輪廻か。
たぶん、これらの文字列と思いを全て手放
すことができれば輪廻も終わるのではないか。
この流れで言うと、反省をなくすことができ
れば思い残すことはないであろうから完了と
いうか無というか空というか、そこに辿り着
いてしまうのかなと思う。
少し頭の中が過熱してきてショートしそう
なのでクールダウンをする。最下部にグラフ
画像を貼っておく。なにかを伝えたい訳でも
なく単純にこの事実(現実)を素直にありの
ままに受け入れてもらって、そこから何かを
思うのであれば、計画と準備と実行と反省を
してみては如何かな?と思ったりした。もち
ろん、一切可も不可もない話である。何かし
ら、気付きの一助になれば幸いである。
https://www.zen-koutairen.com/f_regist.html
上記に情報ソースがある。これをもとに適
当にグラフにしてみたのだが、構成比率とか
増減だとか数字をいじってみると様々な傾向
をみることができる。とりあえず、良い悪い
などの主観や感情は置いておいて、事実をあ
りのまま眺めてみて欲しい。ちなみに数字は、
都合よく区切ったり、抜き取ることができる
ので一つの指標だけで判断するのは好ましく
ない。興味があるなら自分でしっかりと調べ
るのが肝要と思う。
うまく伝えられるかわからないのだが、私
が空手と関わって感じる違和感について綴っ
てみたいのだが、明確な答えが見えている訳
でもなく違和感は主観であり、間違っている
可能性も高く、可も不可もない話で恐縮なの
だが、下記のグラフを活用して例え話を使っ
て説明してみようと思う。良いとか悪いとか
の話でもないので、適当に聞き流して貰えた
らと思う。
例えば試合で勝ちたいと思っている人が弓
道で7000人いたとする。あくまでも仮定の話。
で空手でも7000人いたとする。この場合は、
弓道では勝ちたいと思っている人は少数派と
なり、空手では勝ちたいと思っている人は多
数派となる。まぁ、仮定の話であり、どうで
もいいのだが、これを仮に令和6年のデータ
に当てはめて考えてみると弓道だと6402
5人中7000人の意見となる。空手だと7
630人中7000人の意見となる。まぁ、
どうでもいい話。しかしながら、空手の少数
派630人の声はあまりにも小さすぎて、届
くことはない。そして居場所を失った少数派
が他の居場所を求めて去っていたとしたら・
・・。
う〜ん、頭が悪いので例え話がわるいのか、
たぶん私の感じる違和感をうまく伝えられな
かった気もするが、これくらいの方が角も立
たなくて良かったように思う。ちなみに郷に
入っては郷に従えという賢者の教えもあるの
で、別に違和感を拭おうなどとも毛頭考えて
はいない。まぁ、総意の結果ですから従うま
でという感じです。
そうそう、書いていて思い出したのですが、
選挙ありますよね。できれば一人でも多くの
人に今度の選挙に行って欲しいのです。何も
変わらないとは思うのですが、それでも良い
ので今まで選挙に行ったことがない人に選挙
に行ってみて欲しいのです。どこの政党に入
れても構わないですし、好きな人・応援した
い人に投票してくれればいいです。とにかく
期日前投票で構わないので、あなたの声を届
けるというか意思表示して欲しいのです。
特に私と交流のある大学生など、面倒くさ
いし、やるだけ無駄だと思う気持ちもわかる
のですが、次回だけでいいので経験として1
回くらい投票してみて欲しいのです。誰でも
いいし、白紙でもいいので行動(実行)して
みて欲しいです。私からのお願いです。
とりあえず今回はこんなところです。
P.S.
私の代わりに空手の大会取材等をしてくださ
る人を探しています。できる限りのサポート
をさせていただきます。私も素人ですが、素
人なりに必要に応じてカメラやパソコン等の
操作方法等もお教えします。興味のある方は
nobe@wkf.jpまでお願いします。
【追記】
読み返していたら当初綴ろうと思っていた
ことを思い出してしまったので書いておく。
実は過去を振り返って、私が知り合いとの会
話で良く言われたことのあるワードがある。
それが「考えすぎだよ」という言葉である。
何度いわれたか数えきれないほどである。
で、今になって思うのは、考えすぎの人生
で良かったなという点だ。その殆どは確かに
無駄に考えすぎたのかも知れないけれど、こ
れを繰り返していなければ今の私はない。
頭の上に隕石が落っこちて来たら・・・。
みないなことを延々と考えていた。実際に起
こる可能性は99.9999%ないことが起きたら
自分はどうしようかなどなど。
反対の反対の、その反対の反対、そのまた
反対の裏側。そして無駄に考えすぎているこ
とがたまたま複数重なった場合、どうなるの
かなどなど。暇さえあれば、なんで?なんで?
どうして?どうして?本当に?本当に?の連
続で、それすらも疑ってかかり、それが嘘だ
ったら?それが逆だったら?反対側の立場か
ら考えたらホントに正しく見える?などなど。
この習慣のお陰で登山でまさかの出来事や
考えすぎでなければ解決できなかったトラブ
ルは数えきれない。それでも考えが至らなか
ったなと反省するくらいである。それでも、
あらゆることを可能な限り想定して準備して
訓練して実行するように心がけている。
一応、似たような感じで空手とも関わって
いるつもり。
もはや、過去に私に考えすぎと言い放った
人との交流は一切ないのだが、その方々は元
気にしているだろうか。会うことはないかと
思うけれど感謝を伝えておこうと思う。その
切はありがとうございました。私は天邪鬼な
ので、アドバイスを受け入れることはありま
せんでしたが、何とか無事に生きています。
もちろん、このアドバイスをいただいたから
こそ、ここにたどり着けた自負もあるので、
感謝の気持ちでいっぱいです。
▼木曽駒・宝剣岳
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