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admin2 さんの日記

2022
9月 10
(土)
20:10
問題はそこぢゃない
カテゴリー  守破離の離
タグ 
本文
何か事件や事故が起きると「何とかならなか
ったのか?」「問題はなかったのか?」とい
う具合で騒ぐ輩がいる。何とかならなかった
から事件になり、問題があったから事故は起
きたのであって、そこを騒いでも殆ど意味が
ないと考える。もちろん、最初から原因が明
らかで問題点を知りつつも事件や事故になっ
てしまった場合は多少の問題はあるのかも知
れないが、最終的には因と縁によって起こる
べくして起こってしまっているのが事件や事
故であると思う。

 それよりも問題だと思うのは、さも自分は
関係のない第三者的かのように犯人捜しをし
たり、失敗をあげつらう行為である。そして、
問題が起きると大騒ぎをして何ら解決策へ導
くこともなく、部外者であるにも関わらず、
被害者面をして事後の視点から変えようのな
い過去を問題にして馬鹿騒ぎする無能さに辟
易してしまう。

 オリンピック関係で様々な問題が浮上して
来ているが、これらの問題は殆ど最初から分
かっていたようなもので特に大騒ぎをするよ
うなこととは思えない。それよりも知ってい
たくせに知らなかったフリをして騒いでいる
連中こそ大問題である。お前らも知っていた
くせに急に手のひらを返して騒ぐのは如何な
ものかと思う。同じ穴の狢であろうに・・・。

 あとは何だかんだとオリンピックを歓迎し
た一人一人にも多少なりとも責任はあると思
うので、自業自得というか誰にも他人を責め
る権利などないと思っている。

 空手がオリンピック種目から外れたことで
他のスポーツ競技がオリンピック種目となっ
た。再び空手がオリンピック種目になれば、
再び他のスポーツ競技がオリンピックから外
れることになる。このような不毛なロビー活
動をさせることで利益を貪っているのは誰な
のだろうか。物事に過不足がないのだとした
ら、奪おうとしない限りは足りているはずな
ので競ったり争ったりしなければ共存・共有
が可能だと思うのだが、奪い合うことで過不
足が生じ、得る者と失う者が現れてしまう。

 日本の文化には互助の精神があり、他人の
ものを奪おうとはしないものである。「蜘蛛
の糸」や「天国と地獄の長い箸」などから大
切な日本の心を今一度、取り戻したいもので
ある。

 問題点と言えば、悲惨な事件や事故が起き
た際に流れるニュースを見ていて感じるのは、
被害者の立場になれていないという点。これ
は最近の日本の多くに共通する点なのだが、
恵まれている人、困っていない人、裕福な人、
いわゆる成功している人などが物事を決めた
り判断しているために弱者や実際に事件や事
故に巻き込まれた人の立場が理解できず、思
いやりの心を知らない人たちが世の中を動か
したりしていて、これが多くの弱者に追い打
ちをかけるかのごとく、多大な精神的ダメー
ジを与えていると考えている。

 子どもが被害にあうような悲惨な事件や事
故のニュースと並列して祭りのニュースやス
ポーツニュース、天気予報などが連続してい
て、キャスターが神妙な表情を浮かべている
かと思ったら「次です。」と笑顔で次のニュ
ースを伝える神経と番組構成こそが次の事件
を助長しているように思えてならない。

 教育問題を考える専門委員会のようなもの
では大学を卒業した人ばかりが集まって考え、
低学歴の人の意見は反映されない。医療問題
を考える専門委員会のようなものでは殆どが
医療関係者ばかりで患者の声は反映されない。
経済問題を考える専門委員会のようなもので
は経済的に恵まれた学者ばかりが集まり、生
活困窮者の声は届かない。スポーツ競技のル
ールを考える専門委員会のようなものでは高
度な資格を持つ者や競技会で優秀な成績を収
めた人間ばかりが集まり、初心者や初級者、
いわゆる底辺の競技者の声が反映されること
はない。

 もちろん、可も不可もない話であり、概ね
世の中はこうやって殆ど多くのものが特定少
数の権力者により決められており、これはこ
れで多少の過不足は生じているものの上手に
回っているので構わないのだが、確実に少数
の犠牲や被害を被る人がいるのだが、まぁ世
の中的には多少の犠牲は仕方ないというのが
一般的。なので、とにかくこの「少数」側に
入らないように相応の対策をしておく必要が
ある。実際に自分が弱者側の立場になって声
を上げても殆ど、声なき声は届かず、とても
悔しい思いをするので気を付けて欲しい。そ
の逆も真なりで、うまく行けば輝かしい舞台
で大きな富を得る可能性もある訳で、結局は
可も不可もない話であると言える。

 少し話題を変えて「大人の自動車保険」な
るサービスについて思うこと。明らかに間違
った日本語を使っているとしか思えず、自動
車を運転するのは18歳以上であり、基本的
に子供の自動車保険というのは成立しないと
思われ、こうした見識を持つのが大人である
と思うので、当然ながら私は大人の自動車保
険は使う気にはなれない。まともな大人なら
ば、保険の本質的な部分を考えて、金銭面だ
けでなく補償や事故対応などを考慮して保険
を選ぶと思う。なんだか、馬鹿にされている
ような気がしてならない。

 で、世の中は本当に面白いものでトータル
で過不足はない感じで、この保険のCMに出
演している芸能人の方が問題を起こして話題
になっているようです。それぞれは別々の事
案ではあると思いますが、因と縁が積み重な
って起こるべくして起こっていると私は思っ
ています。大人の自動車保険を勧める人が大
人な行動をしていないのは明らかであり、こ
ういう大人とは思えない人が大人の自動車保
険に関わっているという結果ですね。

 とにかく、きちんとした日本の教育で育っ
た大人であれば、自動車保険の名称に対して
大人の自動車保険などと命名することはなく、
きちんとした大人であれば、大人らしい自動
車保険を選択すると思う。そもそも紛らわし
い日本語を使っている訳ですから、保険契約
の内容にも紛らわしい日本語を使っている可
能性がありますからね。そういう社風のとこ
ろの保険では、まともな大人なら不安を感じ
るでしょうから、金銭的に少々高くなっても、
万が一のときの保険だからこそ、ちゃんとし
た保険を選ぶと思います。大人ってそういう
ものでしょ。大人をなめんなよ。

 さまざまな保険がありますが、基本的には
どこでも大差はないと思います。自身に必要
な補償内容に合わせて決まるので各自が適し
た保険を選べば良いと思います。ただ、大人
の自動車保険だけは辞めておいた方が良さそ
うです。そもそも言葉の使い方を知らないよ
うな知能の集団ですから、良識ある大人の方
々は敬遠するでしょうね。万が一、交通事故
に遭遇した際に電話越しに「大人なんですか
ら、自分で対処してください。」とか言われ
そうな感じがします。
 おとなの自動車保険ねぇ。。。私が加入し
ている自動車保険は子どもなんですかねぇ。

 今日はこの辺で。
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